ページ

2009年6月19日金曜日

ハーリングamsterdam200911・平井 真夫


アムステルダムは『ハーリング』が美味しい。鰊のピクルス液の浅漬けをピクルスと新玉ねぎの刻みをかけて食べるわけだが、私には鰯に思えてしょうがない。運河の際にあるオランダ国旗の屋台は洒落た叔母様が清潔なエプロン姿と笑顔で迎えてくれる。日本に帰り私は早速我流で作ってみた。バッチリだった。三枚に下ろしているから頭と背骨が残る。こいつを圧力鍋で下ごしらえして鰯ハンバーグを作った。ゴミはなしで内臓も新鮮な魚なので全て食べると言う私の主義にぴったりだった。

2009年6月18日木曜日

切妻屋根amsterdam200910・平井 真夫


                                                              アムステルダムは運河に沿って背の高い並木が美しい。木々のあいだから街並みが透けて見え、あまり露骨に自己主張しないところがいいのかも。建物は全て切妻屋根で最上階には日本の工場や造船所で見かける鉄骨のフックが1.5m位突き出している。切り妻の表情にはいくつかのパターンがあり、そのデザインにはどこかしらプライドを感じる。ところどころの建物が傾いていて、それでも使われている。100年も前からなら慣れてるのだろう。街のバランスを考えてるから人は引き寄せられる。


2009年6月17日水曜日

電柱がない街amsterdam200909平井 真夫


街の景観の美しさは統一感のある外観の連続、またはそれらをふんわり覆い隠す?並木の美しさである。日本でも桜の時期に味わう、あの群像形、圧倒的に支配する優しそうな花びらの帯、川や丘を埋め尽くす花びらと一体になって天地を埋め尽くす造形力に惹かれるものだ。アムステルダムは2キロ四方をグルグル8日間歩いてスケッチしたが電柱がない、運河がある、水面は鏡になって風景に力と潤いを加えてくれる。並木が美しい、建物は威張っていないだから統一感がある。こんな街に長い時間居たいものだ。日本はおかしくなっている、そのうちもっと汚くなる気がする。商業主義に振り回され美意識が後回しになり、妙な華美さが鼻持ちならないと感じた人はドンドン居なくなってしまうだろう。

2009年6月16日火曜日

水上生活amsterdam200908平井 真夫




                                                                      水上生活のmuseumniに入ってみた。位置移動、水上の営業など考えての生活だろうし、もっと複雑な理由はあろうがちょっと憧れる。根無し草みたいでカッコいいし海に出られるかと想うと羨ましい。縦横無尽に移動するとすると高さ制限がありそうでみんな扁平していて、道路から高くは顔を出していない。その分オープンなテラスを装備して全開放なテラス窓とソファーの見えるリビングのあるキャビンもある。たまにはいいかも!!

2009年6月4日木曜日

若者よ!amsterdam200906平井 真夫


                                         
               昨日、旧友と大酒を飲んでる時、思いがけないメールが入った。二ヶ月も待ったメールだ。入っただけでもいいのかもしれないが、なかなか連絡をくれない事にがっかりしたり、心配したり、あんなにいい子で可能性を秘めた青年だったのに。
アムステルダムから帰る前日、ホテルで日本人の建築を学ぶ大学院生と出会い、いろんな話をした。失礼ながらお父さんのことまで聞いて(何かしらアドバイスしたかった)しまった。立ち入りすぎたのかと、反省しきりでもあった、この二ヶ月であった。
バルセロナ、マドリッド、パリと周り時間が過ぎて行ったらしい。AMSが一番だったそうだ。若者とまた話が出来そうで嬉しい。若者は旅をして成長する、自分の足でドンドン出掛けてほしい。そして連絡、報告だけは忘れないように!親でなくてよかった!そして私も母の心配顔を思い出してしまう。

2009年5月30日土曜日

放射状の運河amsterdam200905・平井 真夫

同じ運河でもベニスのランダムな運河の形と比較すると、アムステルダムのそれは扇形で見通しがあるし広い分だけ解りやすい。ベニスの場合は商人たちが身を守るために迷路になることを目的としていて、旅の者にはそのぶん解らないようになっている。迷いやすい仕掛けが街造りのポイントになっている訳である。一方のアムステルダムも西に向かってひたすら歩いていると、いつの間にか北の方向を目指していて、意外にも中央駅の近くまで来てたりしてやはり混乱してしまう。運河沿いの並木や横丁からつぎづぎに見える風景に見入っていると弧をなぞって曲線状に歩く自分を忘れてしまう街だ。

2009年5月27日水曜日

風車の生活amsterdam200904・平井 真夫


風車は穀物を粉にして残したり、油を取り出したり、自給自足より更に上の生活には不可欠であったに違いない。ド偉くごつい代物で運河の軟弱な大地での基礎工事や太い丸太の巨大さには驚ろかされた。私は建築設計を本職としてるがもし自分がこの現場で丸太に関わるかと思うとタダでは済まない気がした。つまり力はない、特に筋と言われてる「腱」が痛くなる!!自然の力を利用している割にはエコだの地球に優しいだのとすがすがしくはなく、腕力さえも感じた。彼らの祖先(そんなに古くはない)はこの力やDNAで遠く日本まで荒波を超えてやってきたのだろう。アムステルダムの街から列車で30分ほどの風景はのどかだった。

バリアフリーな街amsterdam200903平井 真夫

                                      道路は上り下りがあるが全て坂で道はうねっていてブリックタイルや石畳である。橋の中央は高く盛り上がっていて船が通り易い高さになっており、一方運河に面した道路は船の荷降ろしなど高低は最小限で親しみのある高さだ。両者の高低が一番顕著に出るのが交差する運河に架かる橋のたもとだ。くねくねしてやわな日本ではやるだろうか?頑丈な自転車が橋のカランに鎖で頑丈につながれとめてある。描くのが面倒なくらい。





2009年4月22日水曜日

スリにご用心amsterdam200901平井 真夫

運河の街アムステルダムに行ってきた。KLMオランダ航空の直行便で早めに空港に行ったので、親切な日本人女性がいい席を取ってくれ楽しいフライトであった。12時間の機中の過ごし方は毎度のことであったが、徹夜のまま映画三昧で往復12本楽しんだ。ちょうど観たかったものも沢山合って映画好きにはいい時間であった。スキポール空港からアムステルダム中央駅に行く鉄道ホームで事件が起きた。10分遅れの列車に乗るドサクサで「スリ」の三人組に狙われた。幸いにも乗車券売り場で知り合った(名古屋から来た日本人)青年の機転で事なきを得た。手口は私の足元にコインを落としもう一個が私のダブルのズボンタックか靴の中に入ったとしきりに一人が足元に注意を向けさせている間にもう一人が私のお尻ポケットの財布を狙うというものであった。ちなみに乗り込む時25キロのスーツケースを持ち上げ苦労してる私は、混んでも居ないのに16歳くらいの子に後ろから押されて、お尻の財布を確認された気がしている。着くなり気分は悪かったが日本人のいい青年に出会えたことは大変嬉しかった。このようなドサクサに、人の間に入って盗みの阻止をすることは大変なことだとおもう。スーツケースの旅行者は乗換え時には回りに変なのが居ないか注意してください。運河の街の人たちは愛嬌もありお店や、自転車の人たちもいろんな表情を私に見せてくれ楽しかったことを付け加えておきたい。そして名古屋の春日井から来た青年(勿論名前も聞いている)に感謝!!!

2009年4月17日金曜日

新ブログサイトvenezia06003平井 真夫

新しい絵を載せるのに時間がかかってしまった。最近行ってきたアムステルダムの絵は上記タイトル『新ブログサイト』をクリックするか、又は 『ヤフーのブログで平井 真夫』 を検索していただきたい。遅くなった本当の理由はこのブログと同じグーグルに新しいブログを作っていた。  ①小学校の先生の集い『大滝陸奥先生とこねこクラス』②『平井 真夫と昴設計の作品』 ③高校の同窓会で京王沿線の会『多摩長高会』 の三つのサイトを立ち上げた。
今後 平井流料理/明治神宮/東京ウォーキング のサイトを作る準備をしている。 しかし本心としてはこんなことやってないで建築設計に力を注ぎたいものだ。フッ!

2009年4月7日火曜日

忘文・MU.O先生venezia07026平井 真夫


今日は先生に会えるサイトを立ち上げました。今月長岡で打ち合わせるために急ぎました。
いろんなことを皆と共有して何回でも先生に会えるようにしたいと考えてます。先生のお蔭で「こねこ」の友達と会うことや神田小学校の後輩に会うのが新しい楽しみとなりました。
このサイトは誰が何と言おうと大切にしたいと想います。決してご家族を悩ますようなことはしません。遼三の残した文章を今読んでみると、懐かしいもので意志を復活したいと考えました。ひたすら純粋にそして地道にやっていきます。
和明の記憶は先生を忘れないように深く刻まれていて、私としては彼の宝石箱が錆びて開かなくなる前に文章にしたいのです。扉の向こうの綺麗な庭のように描きたいのです。先生に届くように!